「冬になると体が硬い」
寒くなると、毎年これを言われます。
ただ、この「硬い」という感覚が体の中で実際に何が起きていることなのかは、あまり知られていません。そして、そこを勘違いしていると、対策も的外れになります。
先に結論だけ知りたい人へ
冬に落ちているのは「最大の力」ではありません。
「力が立ち上がる速さ」です。
重いものを持つ力はほとんど変わりません。落ちるのは一歩目・切り返し・蹴り出しのような、一瞬で力を出す動きのほうです。サッカーでいちばん使うところが、まるごと遅くなります。
落ちているのは「最大の力」やない
「体が硬い」と言うとき、多くの人は柔軟性が落ちたと思っています。前屈が届かへん、股関節が開かへん、みたいな話です。
それも間違いではないんですが、競技の場面で困っているのは、たぶんそこやありません。
ウォームアップの効果を調べた研究をまとめた系統的レビュー(Wilson ら, 2025, J Sport Health Sci)に、はっきりした数字が出ています。33の研究・921人ぶんをまとめたものです。
| 測ったもの | 変化 |
|---|---|
| 力の立ち上がりの速さ | +3.7%(±1.8) |
| 最大の筋力 | −0.2%(±0.9)=ほぼ変わらない |
温めても、最大の力はほとんど変わらないんです。変わるのは「力が立ち上がる速さ」だけ。
逆に言えば、冷えて落ちるのもそこだけ、ということです。
ベンチプレスの重さは、冬でもたぶん落ちません。でもダッシュの一歩目は遅くなります。「体が硬い」の正体は、ここです。
寒いと筋肉が固まる、の中身
現場で聞かれたとき、僕はこう答えています。
現場で実際に答えていること
筋肉は寒いと固まるから、っていうのもあるし、
血流が流れにくくなるから、それで固くなるのもある。
理由は1つやなくて、2つあります。まず1つ目の「固まる」ほうから。
筋肉は、温度で性質が変わる
筋肉は、温度が下がると伸びにくくなり、力を出すのに時間がかかるようになります。ゴムを冷凍庫に入れると硬くなるのと、感覚としては同じです。
大事なのは、これが「気合い」や「柔軟性」の問題やないということです。組織の性質そのものが変わっているので、根性で埋めることはできません。
だから「気温」やなくて「筋温」
ここを取り違えると、対策がずれます。
問題は外の気温ではなく、自分の筋肉の温度です。だから、寒い日でもちゃんと温まっていれば落ちません。逆に、暖かい日でもいきなり動き出せば同じことが起きます。
冬が悪いんやなくて、温める時間を取っていないだけという場面が、現場ではかなり多いです。
数字で見ると、どれくらい落ちるか
さっきの「1℃で3.7%」を、実感に落としてみます。
仮に筋温が5℃下がっていたとすると、単純計算で約18%。力の立ち上がりが2割近く遅くなる計算になります。
この計算の注意
これはあくまで単純に掛け算しただけです。実際の体でそのまま比例するとは限りませんし、5℃という数字も例として置いたものです。「だいたいこれくらいのインパクトがある」という目安として見てください。
それでも、2割近く遅いというのは、サッカーではかなりの差です。
相手より一歩目が2割遅ければ、抜かれます。体力の問題でも、技術の問題でもなく、ただ温まっていないだけで。
もうひとつ、血流が減る
2つ目の理由です。
寒いところにいると、体は血管を縮めて、体の中心の熱を守ろうとします。手足が冷たくなるのはこれです。生きるためには正しい反応なんですが、動く側からすると困ります。
| 血流が減ると | 起きること |
|---|---|
| 酸素とエネルギーが届きにくい | いつもより早くしんどくなる |
| 老廃物が運び出されにくい | 疲れが残りやすい |
| 筋肉が温まりにくい | 温度が上がるのに時間がかかる=1つ目の問題が長引く |
3つ目が厄介です。血流が減っているせいで温まりにくく、温まらないから硬いまま。冬は、この2つがお互いを悪くします。
夏と同じ時間だけウォームアップしても、冬は足りないことがある。理由はこれです。
「冬は肉離れが増える」は本当か
ここは正直に書きます。
「冬は肉離れが増える」というのは、よく言われます。ただ、それを裏づける論文を、僕は見かけたことがありません。
ヨーロッパのプロサッカーを21シーズン・3,909選手・54チームにわたって追いかけたUEFAの大規模調査(Ekstrand ら, 2023, Br J Sports Med)があります。ハムストリングの肉離れだけで2,636件を記録した研究です。
これだけ大きな調査でも、「何月に多いか」という分析は出ていません。季節との関係は、実はまだはっきりしていないんです。
言えること:筋温が下がると、力の立ち上がりが遅くなる(研究あり)
言えないこと:冬だから肉離れが増える(それを示した論文は見当たらない)
もうひとつ、僕自身の感覚も正直に書いておきます。現場で見ていて肉離れが多いイメージがあるのは、冬ではなく3〜5月です。シーズンが動き出して、試合数と強度が一気に上がる時期です。
ただしこれは、僕が見てきた範囲の印象であって、数えた数字ではありません。気温だけでなく、試合数・移動・練習の中身など、いろいろなものが混ざっています。だから「3〜5月が危ない」とも、ここでは断言しません。
ついでに、さっきの研究の限界も書いておきます。著者自身が「データが足りず、詳しい分析ができなかった」と述べています。効果の大きさも、そこまで大きいものではありません。
それでも「温めると立ち上がりが速くなる」という方向は一貫しているので、対策としては十分に意味があると考えています。
落ちるのは、サッカーでいちばん使うところ
最後に、これが競技で何を意味するかです。
「力の立ち上がりの速さ」は、専門的にはRFDと呼ばれます。このサイトでも何度か書いてきました。
- 足を速くする科学で書いた「地面を押す力」——押している時間は0.1秒あるかないかです。最大の力を出しきる前に足が離れます
- 出足を速くするトレーニングで鍛えるのが、まさにこのRFDです
- 切り返しが遅い理由で書いた「減速」も、一瞬で強い力を出す動きです
つまり、冬に落ちるのはサッカーの中身そのものです。
| 冬でもあまり落ちない | 冬に落ちる |
|---|---|
| ゆっくり大きな力を出す動き (筋トレの重さなど) | ダッシュの一歩目 |
| 持久的な動き | 切り返し・方向転換 |
| ジャンプの踏み切り | |
| キックの振り抜き |
右の列、全部が勝負どころです。「冬は動きが重い」と感じるのは、気のせいではありません。実際に、いちばん大事な部分が落ちています。
逆に言えば、温めるだけで戻ります。技術を変える必要も、トレーニングを増やす必要もありません。
まとめ
- 冬に落ちるのは「最大の力」ではなく「力の立ち上がりの速さ」
- 理由は2つ。筋肉が冷えて固まることと、血管が縮んで血流が減ること
- 研究では、筋温1℃で立ち上がりの速さが3.7%変わる。最大筋力はほぼ変わらない
- 血流が減ると温まりにくくもなるので、冬は悪循環になりやすい
- 「冬は肉離れが増える」を示した論文は、見当たらない
- 落ちるのは一歩目・切り返し・踏み切り・振り抜き=サッカーの勝負どころ
- 問題は気温ではなく自分の筋温。寒い日でも、温まっていれば落ちない
ここまでが「なぜ硬くなるのか」です。じゃあ具体的にどう温めるのか——時間・順番・遠征先での現実解については、次の記事にまとめます。
この記事で参照した研究
- The effect of muscle warm-up on voluntary and evoked force-time parameters: A systematic review and meta-analysis(Wilson ら, J Sport Health Sci, 2025) — 33研究・921名。筋温1℃あたり、力の立ち上がりは+3.7%(±1.8)、最大筋力は−0.2%(±0.9)。著者はデータ不足により詳細な下位分析ができなかったことを限界として挙げている
- Hamstring injury rates have increased during recent seasons…: the UEFA Elite Club Injury Study 2001/02-2021/22(Ekstrand ら, Br J Sports Med, 2023) — 21シーズン・54チーム・3,909選手。ハムストリング肉離れ2,636件。季節・月別の発生率の分析は含まれていない
※ 研究の結果がすべての選手に当てはまるわけではありません。本文中の「5℃で約18%」は、1℃あたりの数値を単純に掛けた目安であり、実測値ではありません。
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※ 本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、医師による診断・治療に代わるものではありません。効果には個人差があります。痛みがある状態での運動は避け、症状が続く場合は医療機関にご相談ください。